かなわない

「ときどきさ、ものっすごく『バカだーっ!』ていう映画見たくなること、ない?」
「あー」
 理恵が唐突に振ってきた話題に、俺はちょっと間抜けな相槌を打って、それから、
「……あるかも」
 と頷いた。
「でしょお!?」
 食いついてきた理恵は、そういうわけで、と俺の腕をがっしとつかむ。
「あたし今まさにそういう気分なわけ。映画館、つきあってよね」
 ぐいぐいと腕を引っ張って最寄りの映画館方面へ歩いて行く理恵に、オゴリだろうな!? と確認したら、はぁ!? 割り勘じゃんあたりまえでしょ!? と返ってくる。
 非常に理不尽な思いを抱えながらも、その手を振り払う気になれなかったのは、理恵が目の下に溜め込んだ隈が気になって仕方なかったからだった。

「理不尽だ……」
  お約束のポップコーンとドリンクを乗せたトレイを両手に一つずつ持ちながら、俺はがっくりと首を垂れる。今日は水曜日、そうレディースデーという奴で、理恵のチケット代は千円ポッキリだが俺は正規料金の千八百円まるまる取られてしまったのだ。ほんとこのレディースデーって奴、逆差別だよな。
 理恵が俺の意見をかけらも聞かずに決めたのはバカバカしいと評判のアジア産B級アクション映画で、当の本人は現在俺にトレイを持たせてトイレに行っている。
 俺もわりと行きたいんだけどなあ。
 ――でもトイレから戻ってきた理恵の顔がなんていうか、会社出たときより少しましになっていたから、まあいいかとなんとなく内心呟いて。
 俺は速攻トイレを済ませてから、開演1分前のシアターに滑り込んだ。
 理恵? 待っててくれてるわけないだろ。俺のぶんのトレイは待合室のソファの上にぽつんと置かれていました。安全大国日本バンザイ。

 映画の間中、理恵はけたけた笑ったり悲鳴を上げたり「バカだー!」って叫んだり大忙しだった。ギャンギャン音のうるさい映画で、ほかの観客の反応もそんな感じだったし、平日の夕方で人の入りは微妙だったから、まあ周囲の迷惑にはなってなかったと思いたい。
「あー、バカだったー!!」
 映画が終わりエンドロールも見終わって、ほとんど人の居なくなった劇場内で、理恵はうんっとのびをして、そういって笑った。
「バカだったなぁ」
 さっきは理恵のことばっかり言ったけど、バカ映画のバカバカしさはなかなかのもので、俺も負けずに楽しんでたな。
「あ」
 理恵がこっちを向いて、にっと笑った。
「マシな顔になったじゃん? 目の隈、ひどいから気になってたんだよ」

 ――ああもう。
 こいつにゃかなわない!

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